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調性の解体 - シェーンベルクと無調音楽の軌跡
N1音楽学
二十世紀初頭、西洋音楽の根幹をなしていた調性は、シェーンベルクの実験的な試みをもって、大きな変容を余儀なくされた。彼は長年にわたり後期ロマン派の様式に忠実であったものの、和声の限界を感じるにつれて、次第に無調の領域へと踏み込んでいった。調性という枠組みを捨て去ることは、当時の聴衆にとって受け入れがたいものであり、初演の際には激しい反発を禁じえなかった者も少なくなかった。にもかかわらず、シェーンベルクは自らの信念に即して作曲を続け、一九二〇年代には十二音技法という新たな体系を確立するに至った。この技法は、一オクターブに含まれる十二の音を平等に扱い、特定の音を中心に据えぬことをもって調性からの完全な離脱を図るものにほかならない。弟子たちのなかには師の急進性に戸惑いを覚える者もいたが、ベルクやウェーベルンは、それぞれ独自の様式を模索するかたわら、この技法を発展させていった。保守的な批評家たちからすると、こうした音楽はもはや「音楽」と呼ぶべからざるものと映ったに違いなく、当時の論争の激しさは想像にかたくない。とはいえ、たとえ賛否が分かれようとも、この革新が後世に与えた影響は計り知れず、戦後のミニマル・ミュージックや電子音楽の展開は、この解体なくしては語りえまい。一音たりとも無駄にせぬその厳格な構成美は、今日に至るまで多くの作曲家を惹きつけてやまない。調性の解体という出来事は、音楽史における一大転換点をおいて他にないと言っても過言ではなかろう。